グスタフ


by joy24y
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大倉喜八郎

昨日、Mウィングで戦前の、五大財閥、三井・三菱・住友・安田・大倉・・大倉を起こした、喜八郎の、ベンチャー精神についての話です。講師は東京経済大學、学長・村上勝彦氏・・この学校も、1898年(明治31年)喜八郎61歳の時、創立したもの。では、概要を・・
     熱弁を振るう、村上学長。
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大倉喜八郎は、新潟,新発田の名主、大倉千之助の三男として、1837年(天保8年)出生する(幼名、鶴吉)。17歳で江戸へ(麻布飯倉、中川鰹節店へ)・・20歳(上野で、乾物店開業)30歳(神田に鉄砲店開業)戊辰戦争中は、津軽藩へ鉄砲2500丁、弾薬を船で輸送、見返りに1萬俵の米を手に入れる。35歳、アメリカ・イギリス・フランスなどを見て回り、帰国後、貿易商を興し、常に時代の前を向いていた。44歳、建設業を興し、帝国ホテルを建設。51歳、サッポロビールを設立。56歳、大倉土木設立。61歳、現大學を創立。69歳、現、関西大倉学校を創立。
その後も数々の会社を設立。中国大陸へは、製鉄を軸に、ますます雄飛してゆく。
(大陸に造った事業は、終戦と共に、放棄され、受けた打撃は最大と言う・・国内より、国外に事業展開をした事による)87歳、喜八郎から息子、喜七郎へ・・・更に喜六朗へと、受けつがれることに・・1928年(昭和3年)91歳で死去。
その一生は、ベンチャー精神・・冒険心(勇気、胆力)洞察力(決断と実行力)パイオニア(先駆者の目)を持ち続けた。ここで云う冒険とは、生命・財産に危険が及ぶモノをさす。単なる冒険、アドベンチャーとは、全く違う。  唯一つ、やらなかった事は、銀行業のみ・・その為、金融面では、苦労したようですね。喜八郎の訓言を・・今の飽食の時代こそ、目を向けましょう。
①時は金なり ②油断をするな ③信用を重んぜよ、信用なき人は首なき人と同様なりと知るべし ④何ごとも、魂をこめ、誠心誠意を以って働け ⑤他人が10時間働くなら、自分は12時間働け ⑥楽隠居の考えを止め、勇気を持って、国の為、家のために努力せよ。⑦天物を冒涜するな。などなど・・
人間、生あるうちは、常に青春の夢と心を、持ち続けたいものですね。
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by joy24y | 2007-02-18 11:23 | 文化